「夜の支配」がまた奪われる。CBN規制の裏側にある不都合な真実

2026年3月、またしても「夜」の選択肢が一つ消えた。CBNが指定薬物として葬り去られることが決定したのだ。6月には完全に施行され、市場からは姿を消す。
表向きの理由は「精神作用のリスク」と「公衆衛生」。だが、俺たちから見ればこれは明白な「支配からの逸脱を許さない」というお上による境界線の引直しに過ぎない。
なぜ、今さら「CBN」なのか?
CBNは長年、静かに夜を彩る存在だった。それがなぜ今、これほどまでに執拗に叩かれるのか。それは、多くの人間が「THCとは違う、深淵への入り口」としてCBNの可能性に気づき始めたからに他ならない。
高容量の食品がトラブルを起こしたというニュースも、結局は自分たちの自由を制限するための格好の口実に使われただけだ。
「特例」という名の鎖
今回の規制では、患者のための「許可制」という出口が用意されている。一見すると救済措置だが、実態は「管理下になければ許さない」というメッセージだ。医師の診断書、学会の意見書、そして厚労省の許可。結局、お上の許可証がなければ、自分たちの感覚をコントロールすることも許されない社会になったということだ。
個人的な感想:業界の甘さと、守るべき矜持
正直に言おう。今回の規制は「起こるべくして起きた」側面もある。利権を求めて動く協会、言いなりになって販売を続ける事業者。彼らは「安全だ」と叫ぶことで延命を図ったが、そんな甘い言葉が通用するほど今の時代は甘くない。
本当に尖った存在でありたいなら、自分たちの扱っているものの「深さ」と「リスク」を自覚し、市場の顔色を伺う前に、自分たちの基準でスタイルを貫くべきだった。規制されてから慌てて「弱者救済」を叫ぶ姿は、あまりにも無様だ。
これからの「夜」をどう生きるか
今回の件で、お上を恨んでも何も始まらない。彼らは彼らの役割(管理と制限)を全うしただけだ。重要なのは、我々が今後どう動くかだ。
規制されたからと嘆くのか、それとも別の「境界線」を見つけ出し、誰にも邪魔されない自分だけの夜を取り戻すのか。今回の件は、「誰かに提供される自由など、いつだって奪える」という残酷な現実を突きつけてくれた。

境界線は、誰かに引かれるものではない。
自分で引くものだ。